2009年9月

この週末フルーツShomeidoでは、80年を越えたコラボレーションが実現!

来月がやって来ると、私の浜松移住&起業10年となります。

このブログでも何度となく紹介をしておりますが、シーエムエーの起源は、植松町の正明堂のネット通販事業です。

1999年10月、家内の実家の正明堂のフルーツの店頭在庫をネットで販売するという事業を個人事業として始めました。

その時は、正明堂を引き継ぐことは考えてもいませんでしたが、その後2002年に実店舗を改装したのを機に社長として正明堂を引き継ぎ、更にその後シーエムエーで資本金を買い取り、そして資本金1000万円に増資しました。正明堂の売上は、事業を引き継いだ時に比べ2倍以上となりました。まだまだこれからですがね....。

かつて正明堂の資本金を買い取る際、正明堂の創業者である祖父の墓参りを1人でこっそり行いました。
祖父とは家内と婚約する前にちょっと顔を合わせた程度でまともに話をしたことが有りません。1991年に他界しました。私達が結婚をした年です。

何せ、全く話をしたことが無いわけですから、草葉の陰でどう思っているか想像もつきませんが、やはりきっちりと挨拶はしておかなきゃいけないと思い、墓参りしたのです。

昭和8年に和菓子屋としてスタートした植松町正明堂。でもそれより前に浜北では同じ屋号の正明堂が既に商売をスタートさせていました。浜北の正明堂の店主は、実は植松町正明堂の私の祖父の兄さんだったのです。

祖父はかつて浜北の正明堂の兄さんのもとで修行をして、植松町で独立開業をしたそうです。

これまで私は、がむしゃらに起業人生を歩み、気が付けば3つの会社を経営することになってしまいましたが、ふとある時、次のような事を考えました。

「昭和初期、祖父が植松町で商売を始めていなかったら、私は浜松で起業していない.....。 更に浜北正明堂は私の起業の起源の起源なんだ。」


植松町正明堂では、2代目である義父が果実販売を持ち込み、そして3代目である私が高級果実1本に絞り込んで、和菓子からの撤退を行いました。ですから植松町の正明堂は純粋な果実店に変わってしまいましたが、浜北の正明堂は現在も3代目の菓子職人鈴木美保子さん(私の家内とはいとこの娘同士ということになります)が和菓子屋さんとして頑張っておられます。

もしも浜北の正明堂とコラボレーションすることができ、お互いの発展のため、そして地域の方々に長く商売をさせて頂いているご恩返しができるとするならば、絶対にお祖父さん達は喜んでくれるに違いない....。

このようなことで、浜北のビアン正明堂とのコラボレーションが実現したのです。

ビアン正明堂3代目の菓子職人鈴木美保子さんが創作するそのコラボレーション商品とはっ!

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今週末配布予定のチラシ。

「外皮に新潟産わたぼうし餅米羽二重粉を使用、あんこはもちろん北海道産小豆、そして栗は掛川産生栗を使用した」その名も【「和栗」生クリーム大福】でございます。

その他にも、そもそもビアン正明堂の定番商品のクリーム大福フルーツ編の数々を揃え、10月3日(土)と4日(日)11時から15時の間に植松町フルーツShomeidoにて店頭試食会を致します!

はい、ご試食は無料でございます!是非、この80年を超えた夢のコラボレーションイベントにお越し下さいませ。

投稿者 島上 : 2009.09.28 19:37 | コメント (0) | トラックバック (0)

「電脳商人」の掛け軸贈呈式。

8月13日のブログでご紹介した会社様は、静岡市清水区の富士ゴム産業株式会社様でした。

昨日9月8日にオーダーした掛け軸をお届けにお邪魔してきました。


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この写真に写っている左の方が社長の宇佐美裕之さんです。この方はこの8月に社長に就任されたばかりです。今回の件とも合わせて、誠におめでとうございます。

本当に喜んで頂けて、私もたいへんに嬉しく思いました。この「電脳商人」の掛け軸は、世界に3つしかありません(たぶん)。

でもこれから、もっと多くのお客様に差し上げたいと思っています。

このブログをお読み頂いているお客様は、是非私と目標数値を握りましょう!ご連絡お待ちしております。でも、チャレンジングな目標じゃなきゃダメですよ。

さあ、2年8ヶ月越しの目標を達成されたわけですから、今度は次の目標が必要だな-と私が考えていたところ、宇佐美さんから先に口にされました。

それはこれまでの目標数値の2倍!

妥当なところです。

次のプレゼントも約束しました。えっそれは何かって?

ヒミツです。

投稿者 島上 : 2009.09.09 19:49 | コメント (0) | トラックバック (0)

大変に厳しい静岡県内の製造業、しかしながら経営者のマインドに変化を感じます。

最近、製造業の経営者の方を中心に訪問活動を行っています。

昨年の経済危機以降、製造業の経営者のマインドは以前のまま(とにかく経費は使わない。投資はしない。それがどんなに前向きなものであっても。また、いずれ回復するだろう的楽観論。)なのか?それとも変化しているのか?

今、手元に静岡経済研究所が出している「SERI景況リポート9月1日号」があります。それによると、静岡県の経済指数は全国平均のそれを下回っているものの方が多いのです。

●スーパー販売額
●新車販売台数
●消費者物価指数
●鉱工業生産指数
●有効求人倍率

特に静岡県西部は輸送機器産業の裾野が広い地域なので、世界的な自動車販売の低迷の負の影響を大きく受けています。

全く最悪な状況。


が、複数の経営者の口から次のような言葉を聞きました。

「もうこれまでと同じやり方では、売上は戻ってせいぜい7割まで。違うやり方をトライしていかなければ!」

そこには、悲観論も楽観論も両方存在していない。あるのは危機感、現実を直視し、未来を見る目。

私は浜松にやってきて起業して10年。以下、個人的意見を述べます。

基本的にこの街の製造業の会社には営業と呼ばれる部隊は会社の中に存在しなかったと認識しています。それはベースとして成長を続けてきた地域業界の特性とも申しましょうか、「営業する必要が無かった」からなのでしょう。加えて限られた数の大手発注元からの仕事は増加してきたので、その事も営業が必要なかった原因のひとつかもしれません。

発注元からのライン増設要請に応え、気が付いたら売上が何倍になっていたとか、最後の要請に応えて増設した直後に経済危機が訪れ、遊休施設が増えてしまったとか、色々な話を聞きます。

先の経営者が言う「これまでと同じやり方」とは、つまり「限られた大手発注元とだけの付き合い」ということ指しているのだと思います。更に、「これまで同様、いずれ景気は回復するだろう」という楽観論のもとに何もしないで待つ(実際は何もしないのでは無く、縮小均衡を目指すわけだが....)ということを指すのでしょう。


マインドが変化してきた!さあ、そろそろ今までとは違う営業活動を開始しましょうよ♪

時代は既に変わりました。

投稿者 島上 : 2009.09.07 20:01 | コメント (0) | トラックバック (0)