2009年2月 4日
百年に一度の経済危機という事になっているわけですが。
このフレーズ。何だか一人歩きして、表層的な使われ方がしているケースが多いような気がするんです最近。誰も彼もが気軽に使いますが、その後「でも頑張っていこう」的な精神論や「だからチャンスだ!」と具体性に欠ける話が続いたりして....。景気下降局面において「チャンス」と感じるのは明らかに逆張り的発想です。逆張り的発想には、確固たる信念が必要なはずです。
どう思われますか?
生意気でスミマセン。
1929年のNY株暴落をきっかけとした世界恐慌以来の混乱ということで使われているのでしょうけれども、その後に続くコメントがどうも気になります。具体的な話にはならない。
そこで、世の中では「百年に一度の経済危機」という言葉を使ってどのような人がどのようなコメントを書いているか調べるためにYahooで検索してみました。
1番目は「財団法人静岡経済研究所」の中嶋常務理事のコラム。因みにこちらのサイトは弊社で制作をさせて頂きました。有難うございます。
内容は「百年に一度の経済危機をチャンスに」という趣旨。いわゆる総論的なもの。
そして2番目。赤沢亮正衆議院議員のページ。そうそう!私も世の中に対し、この人の言っていることに近い違和感を覚えます。それは政治のことではなくて、基本的な考え方として。
以下引用
「百年に一度」の経済危機というかけ声が定着してきた割には、発想の転換が追いつかない。必要な発想の転換とは「百年に一度」の経済危機なのだから「百年に一度」の特別な対応が不可欠ということであるが、与党も、野党も、マスコミもこの点の理解が十分とは言えない。
基本的な部分。同感です。
百年に一度ということは、これまでの延長線上でやっていては衰退するということの意味だと思うのです。じっと我慢して嵐が通り過ぎるのを待っていても状況は改善しないということです。
以下は自論です。
「人や組織の営みにも慣性の法則が働いている。」
静止した物体に何らの力も加わらなければ、その物体は静止し続けるのです。運動する物体に何らの力も加わらなければ、その物体は等速直線運動をし続けるのです。
つまり人や組織は、これまで続けてきた事ややり方を変えるのは、たいへんに難しいということです。
一方、これまでやっていなかった事を習慣とするためには、かなり労力が必要だということです。しかしそれが一旦習慣となると、続けることに対して殆ど労力が必要無くなるということです。
「百年に一度の経済危機」という力は、物理的なものでは無いので、それを強烈な力だと感じるかどうかはその人その組織次第という事になります。ですから、赤沢亮正衆議院議員の言い分であるところの「与党も、野党も、マスコミもこの点の理解が十分とは言えない。」という表現よりも、私は、「この点を感じていない。」という表現の方がしっくりきます。
感じない者は理解のしようが無いから。
単純な逆張り的発想では難しいです、今回の局面は。
「百年に一度の経済危機」という力を本当に感じていれば、具体的な方策が見えるはず。
私はそう思います。

※本日より中途採用のためのリクナビNEXTの掲載が始まりました。
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↑これも逆張り的発想か?
※ある方のご紹介で、若き税理士の先生と知り合いになりました。
http://www.kamo-t.com/
加茂隆久先生です。
バイタリティのある方で、すぐに意気投合しましたよ。
当社のYour Agent 不動産事業部でも税務相談でお世話になっています。
投稿者 島上 : 2009年2月 4日 17:50
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コメント
初めまして。最近このブログを購読しています。
エントリーの内容に同意します。
ただ、本気で不況を突破して日本が安定成長にまで
ゆくには、産業構造や統治システムも大幅に変化して、
潰れるような企業さんも出てくるでしょう。
具体的な事を謂うと会社そのものを否定するような
場合もあるでしょうし、
社長さんは大変だなーと思っています。
投稿者 はんてふ : 2009年2月 4日 19:16





