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2008年09月30日

混沌。動揺する世界の金融市場を横目で見ながら.....。

これはどう考えても危機です。欧米の銀行がバタバタ倒れ、新聞には「大恐慌以来の有事」との言葉も踊る。その大恐慌は1929年。

奇しくもその1年前に発表されたのがJ.A.シュンペーターの論文「Unternehmer」(英:entrepreneur日:企業家)です。
以下その本の中に示唆に富む部分を見つけました。

どの時点でも、経済は既存の経験の積み重ね、既存のよく知られたデータに基づいてワークしている。どのような時代の経済も、その基本的特質において、また多くの細目においてはその前の時代と類似している。生産し消費するという本質においては前時代と同じ仕事を行っているのである。

中略

この事実は、平均的な経済主体が新しい状況に直面する場合、例えば危機的状況はその一例だが、そういう場面では彼らが常に無力であることの説明にもなっている。


日本の不動産バブルで学習したはずなのに、米国は同じ過ちを犯したと評するのは間違いなのかもしれません。言わば、それが人間の歴史であるからです。オランダのチューリップ・バブルは1637年のことです。因みに世界最初のバブル経済事件だとか。人類はことバブルに関しては学習していない。

輸出依存型経済の日本が、影響を受けないわけがありません。これからが更なる景気悪化の本番なのでしょうか。残念ながら。しかし、危機は次なる新しい潮流が生まれるためのチャンス。旧勢力が保守的に未来を悲観する脇で、私達は確実に次の潮流に乗る準備をしていくのです。

以下は日経ビジネス9月29日号「有訓無訓」の養老孟司氏の言葉。

メディアやネットが行き渡ったおかげで、我々は固定された過去の情報に縛りつけられている。歴史上最も頭の固い人々になってしまったんじゃないでしょうか。 そんなばかな、とお笑いになるかもしれない。でも、何かを決める時、部下に「まず情報を、もっと情報を」と要求したり、あるいは上司から求められる傾向が強くなってうないでしょうか。「やってみなければ分からない」と言うと、無責任だと責めたり、責められたりしていませんか。逆に情報さえ用意すれば、責任を果たしたような気分になったりね。
上のようなやり取り、きっと多くの会社組織の中で繰り返し起こっているはずです。その会社は間違いなく、シュンペーターが言うところの「平均的な経済主体」です。これまで通り過去の延長線上で皆がやってきたから危機が訪れたのであり、その危機の克服に対し、過去の延長線上に解など有り得ないのにもかかわらず。

そして、前述の論文「Unternehmer」にはもう1つ興味深いことが書かれています。

さて、そうした国民経済の所与的状況は、3種類のレベルで1つの状況から次の状況へと推移し、「均衡状態のデータ」も変化し、「経済の発展」がもたらされる。その第一は、継続的増加による推移で、これは特に人口増加と生産された生産手段における機器類の増加である。その第二は経済外の出来事でありながら経済に影響を与えうるような事象、例えば自然界の異変、社会的変動、政治的介入による推移である。第三には、個人の多くが経済的経験および実証ずみの慣れたルーティン以上のものを求め、それぞれの現状の経済生活の中で新しい可能性を認識し、その実現を要求することから生ずる推移である。この第三の種類が最も重大な要素となるが.......。

日本が今迎えているのは、まさに第三の種類だと私は直感しています。

以上のことを色々と考えるに、日本は次の経済発展を遂げるための必要なプロセス(試練)を経験しているに過ぎないことを確信するわけです。しかしその経済発展でのメインプレーヤーは、以前と全く異なる顔ぶれになるはずです。

We will.

投稿者 島上 : 2008年09月30日 17:45

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