2008年1月16日
天は自ら助くる者を助く
よく「運が悪かった」、「運が良かった」とか人が言うのを耳にする。
しかし何事においても、運が良いとか悪いとか、そのような事柄は基本的に無いと考えている。
基本的にという言い方をするのは、ごく稀に確率論からすると極めて蓋然性の低い事象が起こったりすることを経験上知っているからである。例えば、建築中のビルからの落下物に当たってしまうなんていうことは、全く運が悪いと言わざるを得ない。
が、蓋然性が低いことというのは、そうやすやすとは起こらない。まして人生の中で次々と起こったという「運の悪さ」は眉唾ものと言って良いはずだ。
ある人が「私は運が悪い」と主張したとする。しかしその背景に有る「事実」を客観的に分析してみると、その所謂悪運を呼び込んだ因果関係が存在していたりするのを確認してしまうことが多々有る。つまりその人は、「運が悪い」のでは無く、自分で招いた結果を嘆いているに過ぎない。
では「運が良い」はどうか。これも上述の正反対と考えれば良い。人生の上昇気流に乗っている人が少なからず「私は運が良かった」と発言するケースに出くわす。これは聞いている方にも心地よい言葉だ。冷静に上述の理屈で考えると、「運」を彼、彼女にもたらした因果関係が原則的には背景に有るはずだ。往々にしてこの言葉を発する人は努力をしてきた人だ。謙虚さを感じる言葉だと思う。しかしながらその後、自分の努力を過大評価したり、自身過剰になったりするといつの間にか彼、彼女の口から「運が良かった」という言葉が発せられる機会が少なくなってくる。そして「運が良い」事はもう起こらない。
これまで私は、「あなたのような人に出会えるなんて運が良かった」というフレーズを何度と無く使ったことが有る。その時本心からそう思ったから。また、相手から同じフレーズを使われたことも有る。回数は前者の方が多い。
天は自ら助くる者を助く
Heaven helps those who help themselves.---Samuel Smiles(1812-1904)スコットランドの作家。
学生の頃から好きな言葉で、「独立自尊」と同様に私の座右の銘だ。
ビジネスブログで偉そうに教訓めいた事を書くのは分不相応のことだと重々承知しているが、色々あって、自戒の念を新たにした次第。
嗚呼、『ラッキー島ちゃん』と呼ばれたい.........。
投稿者 島上 : 2008年1月16日 15:23
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